よたよたと、山登り


    No.68

       

    南丸松保沢〜升沢小屋〜旗坂野営場

       メンバー六名・・・滝があるらしいが誰もその先を知らない

     8月12日 晴れ〜一時雨

     ヘルメット冠って沢足袋履いて

     台風四号が来る・・・中止か?と案じていたら、台風が来る前に登っちまうから予定よりも早く出るので、出来るだけ早く旗坂に来るべし元の指示が入った。
    そうか、やっぱし行くのだな、とおっさんも腹をくくって旗坂へと車を飛ばす。

     流石に台風接近の予報の為か、旗坂野営場の駐車場に車は無かった・・・まっ、普通はそーだべなっ、と。
    ここで車を二台にして升沢林道を南丸松保沢の橋まで行く・・・これが結構心痛い・・・けっこうな夏草がおっさんの車を擦る。

     
    台風は我ら一行に恐れをなして避けて行き、夏空が広がっていた

     南丸松保沢と書いて、ミナミマルマッポ沢と呼ぶらしい。
    沢をまたぐ橋の先の広場に車を置き左岸に平行に着いた林道を進む。
    南丸松保沢を冬に橋の上から眺めると水量が多く、手強い沢に見えていたのでおっさんは気持ちを引き締めていた。

    ありゃ、入渓してみれば、いつも馴染んだ穏やかな船形山の沢だった、が。

     六名のパーティーは、いわゆる中高年者のパーティーで、平均年齢など出してみれば恐らく60歳に手が届くかもしれない絶妙な年齢構成になっている。
    しかし、それぞれが一泊分の荷物を背負って沢を詰めようというのであるから、おっさんを除くと皆さんそれぞれに本格派なのである。
    やはり、歩き出してすぐにこのパーティーがただ者でない事はその足の運びからも見て取れたのだ・・・おっさん、益々気が引き締まる。
    夏の日差しを浴びて温度差に靄っている小滝を行く。

     渓相は明るく、退屈しない程度の小滝が適度に現れ、とても気分の良い沢だった。
    沢沿いは傾斜がそこそこあるので大木は無いが総て自然林で、原生林的趣を備えていてうれしい。

     
    この手の滝が飽きない程度に続きます。

     南丸松保沢は私が思っていた程の水量は無く、その点では少し期待はずれだと思ったのが本音だが、渓相は優しいばかりでもなく、それなりに緊張させられる箇所も随所に出て来る。
    要するに楽しい沢なのだ。

    3点支持がきれいに出来ている千葉B氏のへつりです

     船形山は古い火山で標高も低く、宮城県側から眺めると茫洋とした山並みなのだが、中に入ってみると、そこはちゃんとしたそれなりの山だ。
    南丸松保沢を詰めて行くと、どれだけの時を掛けたのかとため息の出る程分厚い苔むす岩があるかと思えば、急傾斜から崩落した岩が折り重なる荒れた渓相を見せる。

     
    崩落地が多くなり沢の水は細くなる

     途中、先月詰めた保野川に比べるとマッポ沢がとても冷たい事を千葉B氏に言うと、この先に行けば訳が分かるから、と言われて楽しみに詰めて行った。
    すると、分厚く苔むした岩の隙間から流れ出す枝沢に出くわし、千葉B氏が水を飲んでみろと言った。
    いや、一口含んで参りました・・・冷たい上に柔らかく、これが甘露という物かとため息さえ出る水だった。
    千葉B氏はこの沢を追った事があるようで、すぐ上で伏流水が湧いて出ているのだと教えてくれた。

      
    崩落地が多くなり沢は涸沢になる

     沢の水が涸れた辺りは両岸とも岩を含んだ土の斜面になっており、頻繁に崩落を繰り返している様子で大きく育った木は見られない。
    おっさんの勝手な推測だと、崩落を繰り返して沢が埋まり、土砂は流されるが岩は残るので水が伏流になるのだろう・・・ホントーか?

    岩がゴロゴロの沢は歩き難い

     おっさんの経験上では涸れ沢に急傾斜は少ない。 しかし、これもおっさんの経験上なのだが、暖傾斜の涸れ沢の先には、大抵それなりの沢があるのだ。
    程なくして涸れた沢の先から微かに水の音が聞こえて来て、心無しか温度も下がったように感じた。

    岩がゴロゴロの沢は歩き難い

     滝の気配がしてリーダーのKさんが急いで登り、滝に当たった事を大きな声で告げた。
    ここまではメンバーのうちの3名が来た事があって、滝の存在は知っていたのだ。
    しかし、滝にアタックはせずに引き返しているので、滝の手応えは未知数だった。

    滝を前に何処から攻めるか思案中の登攀組

     おっさんは滝まで近づいてみて、正直に言うと、割と簡単だなと思った。
    しかし、近頃クライマー見習いをしているおっさんとしては、万が一の事を考えると確保して登るべきだろうな、と考えた。
    と、言うのは、まかり間違って進退窮まった時に確保支点が取れないと、降りるに降りられずまずい事になるからだ。

    年季の入った沢屋は、確保なんて面倒な事はしないのだ

     おっさんが思案するまでもなくリーダーのKさんがロープを引っ張って登って行きトップロープを張った。
    取り付いてみると手足ともに十分な掛かりがあり、難易度は低かった。
    しかし、クライマー見習いのおっさんとしては、万が一を考えてしまうのだった・・・いや、道具を使ってみたいだけなんだが。

    Y嬢、岩場はもう慣れたものです

     おっさんはそこそこ重いザックを背負ったまま登ったので最後少し危うくなり、確保している人に「ゴボー」をお願いしてしまった。
    ゴボーを掛けるというのはクライマーとして屈辱的な事であり、おっさんは未だ見習いなんだなと実感。

    本格的なシャワークライミングも堪能出来ます

     ザイルを出して6人が登るとなるとそれなりに時間も喰います。
    そして、この滝を登り終えてみると、一同ドヒャァーと吃驚です。
    なんと、この滝は二段の滝になっているのでした。
    二段目の方が傾斜は楽なのですが、手掛かりが少ない

     おっさん的には先に登った人がスリングを垂らしてお助けロープで済むな、と思ったが、しかし自分が背負っているスリングはザックを降ろさないと出せないのでズルしてロープに頼った。
    水流は大した事無いが完璧なシャワークライミングになるので盛夏限定のコースかも知れない。

    Y嬢でもこの程度の滝ではお助けロープさえ出されない

     南丸松保沢にいくつの滝が有ったのかと問われても、おっさんは「いっぱいあった」としか答えられない。
    2〜3メートルの滝まで数えたらおっさんの手足の指を全部使っても足りないだろう。
    確実に40メートル程度のロープが必要なのは2カ所だと思う。

    千葉B氏は笑っているが、背中の荷物は相当に重いはず

     台風が来る前の予定では最初の滝の辺りでテントを張る事になっていたのだが、それはやらなくて正解だったと思う。
    何しろ、ほとんど全員が南丸松保沢を舐めていた。
    多少の抵抗は予想したが、それでも船形山のこちら側の沢なのだからと軽く考えていた・・・と思う。
    おっさんは入念に地図を読み、二カ所の滝を予想してはいたが、まさか、これでもかと大中小を繰り出して来る。

    この程度はもはや滝とは呼ばないのだった

     水流は随分細くなり、辺りの様子も間違いなく源流のそれになっているのだが、それなりの滝はまだまだ現れる。
    一時、間違いなく沢が終わるとおっさんが思った箇所を通過したのだが、その後水流を戻し、渓相は復活するのだ。

    手掛かり・足がかりともに無し・・・おっさんはうーん、と唸った

     間もなく沢も終わりの様子を見せて来たと思ったら、この滝は巻くしかないだろう、と言うのが現れた。
    時間があってハーケンを打っている暇があるのなら登れるのだが、少し前から大粒の雨と、稜線上の風が激しくなり、急がなければならなかった。

    薮に隠れて見えないが、ロープが出ているという事は・・・

     厳しい滝に当たって巻く時は、常にそれなりの地形だからそれなりの滝が出来るので、巻くのも容易く無い事が多い。
    この滝の岩は凸凹が少ない上にとても滑る。
    おさんはこの滝に出会った瞬間に、また来よう、と心に誓った・・・ハーケンでもボルトでも打って遊んでやるのだ。

    千葉B氏が手を突いている辺り、すべすべのつるつるです

     おっさんの記憶が定かではないのだが、この滝も二段になっていて、巻いて登った直ぐ後にそれなりの滝が現れて、これはどうだ、とちょっかいを出して来る。
    まさかと思う程細くなった水流の沢でここまで滝を抱えている沢は珍しいとおっさんは思う。
    いや、遡行に2日も3日も費やす大きな沢はまた別だが、南丸松保沢の標高差と流程を考えれば、これは驚きだと思うのだ。

    流石の南丸松保沢も滴る水滴に姿を変えた・・・水源だ。

    最後の滝に驚かされたが、それを上り詰めると薮が濃くなり、程なくして沢が消えた。
    とうとう南丸松保沢の水源にたどり着いた。
    この頃が一番酷い雨模様だったが、標高差で100メートルも登れば三峰の脇の稜線に出るのが分かっていたので気分的には楽だった。
    石の隙間から湧き出て来る水は本当に少ない

     水源に辿り着くのは沢登りの醍醐味だ。
    そして、もしもその沢の最初の一滴を口に含む事が出来たら、それは望外の喜びとなる。
    水源が沸き出すような溜まり水の場合は飲めない事が多い。
    南丸松保沢の水源は岩の隙間から滴り落ちて来るので飲める。
    そして、その味は、数多ある船形山中の沢水の女王であった。

    石の隙間から湧き出て来る水は本当に少ない

     さて、沢が終われば後は付きものの薮漕ぎがある。
    おっさんの少ない経験からでも三峰の尾根周辺の薮はきついだろうと予想された。
    ここでもおっさんはズルして一番最後を行ったので薮漕ぎには参加せず、程良くならされた踏み跡を辿ったので先頭の苦労は伺い知れないのだが、それでも、進む速度から推し量ってみれば、思った程キツイ薮ではなかったのかも知れない。

    おっさんの時計で3時43分に三峰の稜線に出た

     三峰山の山頂より僅かに蛇ヶ岳よりの稜線に躍り出た。
    全員で南丸松保沢の完登を祝して握手をし、一服して早々に升沢小屋を目指した。
    台風が遠くを通過しているのか、風も左程ではなく、瞬間でも15メートル程度で、しかも、雨が小振りになってくれた。

    蛇ヶ岳から瓶石沢へ下る途中の湿原も雨で煙っていた

     沢を詰め切った達成感と、今夜の泊まりが完全ドライの升沢小屋だと言う事で、全員が早く小屋に入ってビールを開けたいと思っていた。
    いや、誰も口には出さなかったがおっさんには分かった。
    平均年齢が60歳になんなんとする一行が、下りだとは言えかなりな早足で進んでいたのだ。
    此の時、先頭を取っている千葉B氏が笹や草に隠れた障害物を一々声に出して教えて通過していた。
    おっさんは既に足首が限界近くまで来ており、一寸した段差や凸凹で難儀していたので、これは嬉しかった。

    缶ビールも見えるがこれは朝飯の風景なのだ(晩飯は酔って撮るの忘れた)

     盆休みだから升沢小屋が貸し切りという事は無いだろうと話しながら辿り着くと、豈図らんや、先客は居なかった。
    既に5時少し前だからこれから人が来るのは考え難いし、ナント言っても小屋の管理人の千葉B氏が居るので気持ちが緩くなり、我ら一行ですべてのスペースを占領し荷物を広げた。
    台風が来なかったら南丸松保沢の途中で背中に岩を背負って寝る予定であったが、今宵は完全に乾いた環境で寝られると有って、一同乾いた服に着替えてリラックスした。
    早速ビールを冷やしに行き、三々五々、あちこちから出されるつまみを肴に酒盛りが始まった。
    一応、リーダーから一言有ったのだが、飲む方が忙しいので早々に乾杯へと移り、呑む方に本腰が入った。

    この朝飯を準備出来るのは千葉B氏とY嬢しかいない

     昨晩はおっさんとリーダーが最後まで絡み合って呑んだ。
    おっさんは酒癖の悪さは天下一品だが、リーダーもそこそこその気があるようで、まあ、お互い呑み過ぎには注意した方が良いな、と今年も確認した。
    しかし、本日供されたアルコール類を羅列してみると、缶ビール500を9缶・焼酎1.5リットル・ワイン750ミリ・バーボン700ミリ・ブランデー300ミリ・・・これ総て消化。

    皆さん、感慨に耽っているのか、静かです・・・呑み過ぎか?

     朝焼けがきれいだと言う声で起きてみた。
    一度は起きてみたけれども、誰も動く気配がないのでまた寝た。
    そのうちに朝飯の支度が始まったのでおっさんも起きてみたが、既に第二回戦が始まっており、残りの酒を呑みつつ、昨日の余韻など話していた。
    おっさんも目覚ましにビールを頂き、惰性で焼酎へと転進してしまった。
    千葉B氏は、腹が減ったと言い、昨晩の残りの焼き肉をおかずに第一回目の朝飯を終わらせ、皆の朝飯作りに入った。
    もちろん、呑みながらだ。

    記念写真を撮って小屋を出たのは11時でした

     朝の5時とか6時から酒を呑み、皆が二度寝に入った時にもリーダーとおっさんは呑み続け、40年前に高校山岳部で覚えた新人哀歌などまで歌ってご機嫌だった。
    千葉B氏とY嬢が準備した豪華な朝飯を肴に呑みかつ喰い、もう一泊しても良いな、と思い始めた頃、リーダーから10時半出発と声が掛かり、いよいよ帰り支度が始まった。

     けっこうのんびりペースで下山していたのだが、酔っ払ったおっさんにはそれでも着いて行くのが精一杯だった。
    途中の休憩で高橋さんから貰ったトマトとみかんがおっさんの潰れそうな意識を救ってくれたが、こう言う食い物を下山時までキープしてある所が、流石にベテランなのだなと思い知らされた。
    高橋ご夫妻はもの静かで終始黙々と歩かれるのだが、その足取りからはとても年齢は当てられない。
    もしも機会があれば、ぜひともまたご一緒させて頂きたい人達だった。

     おっさんは下山時に毒キノコの写真を撮り集め、Y嬢は登山道の番号標識を総て写真に収めるというので撮っていた。
    Y嬢が撮影で止まるのがおっさんには有り難く、とても良い休憩になっていた。
    しかし、痛めた足で沢登りなんか参加するな、非常識だろうと言われかねない危うい状態だったが、無事に乗り切れた。
    いや、これも偏に、リーダーや千葉B氏、高橋さんご夫妻とY嬢の助けが有ったからだった。

     いやぁ・・・山は独りじゃない方が楽しいな。


     この話 完


    山の状況、情報は適当ですので、ご注意下さい・・・


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